#40:AIで作ったモデル画像と「酷似」―著作権はどこまで認められるのか?

この記事で考える問い
AIを使って作った画像でも、「著作物」として保護されるのでしょうか。
「元画像と酷似している」という印象だけで、著作権侵害は成立するのでしょうか。
企業やクリエイターは、AIを使いながら自分たちの権利を守るために、何を残しておくべきなのでしょうか。
先に結論を言うと
ロジカルに見ると、論点は「著作物性」「人の創作的寄与」「類似性・依拠性」「証拠」の4層に分けると理解しやすくなります。
クリティカルに見ると、「AI画像には著作権がない」「酷似していれば侵害だ」といったわかりやす過ぎる前提ほど、いったん疑う必要があります。
ラテラルに見ると、完成画像だけを守るのではなく、制作の来歴を残して“後から説明できる制作プロセス”を設計することが、AI時代の知財管理になります。
生成AIで作った画像に、著作権は生まれるのでしょうか。この問いは、数年前までは「AIが自動で作ったものに著作権はない」という説明で、ある程度は片づけられていました。しかし、実際の制作現場を見れば、事情はもっと複雑です。性別や年齢、髪型、構図、光、背景、衣装を細かく指定し、何十枚もの候補を比較し、さらにレタッチや合成を重ねる。そこまで人が関わった成果物を、単純に「AIが作ったもの」と一括りにしてよいのか。いま、その境界線が実務の問題になっています。
朝日新聞が報じたのは、生成AIを使って作製した架空モデルの画像を販売する会社が、自社画像と酷似した画像を第三者に無断利用されたとして、著作権侵害を主張している事案です。報道では、複数のAI生成画像からベースを選び、手作業で修正を加えて完成させる制作工程も紹介されています。AIが一度に吐き出した画像をそのまま使ったのではなく、「選ぶ」「直す」「完成形を決める」という人の判断が介在している点が、争点を考えるうえで見逃せません。
ただし、「人が手を加えたのだから著作権がある」と即断するのも危険です。著作物として認められるかどうかと、相手方の行為が著作権侵害になるかどうかは、別の問いだからです。前者では、人の思想や感情が創作的に表現されているかが問われます。後者では、相手が元作品に接して、それを基に作ったといえるのかという依拠性と、保護される創作的表現がどの程度共通しているのかという類似性が問題になります。
ここがニュース記事を読むときの最初の注意点です。「AI生成物に著作権はあるのか」と「酷似した画像は侵害なのか」を一つの問いにしてしまうと、議論はすぐに混線します。さらに、SNSでは「似ている」「これはコピーだ」といった直感的な評価が先に立ちますが、著作権法が見るのは、単なる印象の近さだけではありません。何が創作的な表現で、どの部分が共通し、相手がその表現に依拠したのかを分けて見ていく必要があります。
文化庁は、AIが自律的に生成したものは原則として著作物に該当しにくい一方、人が思想や感情を創作的に表現するための「道具」としてAIを使ったと評価できる場合には、生成物が著作物となり、AI利用者が著作者になり得ると整理しています。その際に見られるのが、人の「創作意図」と「創作的寄与」です。つまり、AIを使ったかどうかより、人が制作のどこで表現上の判断を行ったかが重要になります。
一方、プロンプトの長さや回数だけを“著作権の点数”のように扱うのも適切ではありません。2025年に報じられた別件では、約2万回以上のプロンプト修正・調整が、創作的寄与を考える事情の一つとして注目されました。しかし、これを「2万回修正すれば著作物になる」というルールに置き換えることはできません。重要なのは回数ではなく、その反復を通じて人がどの表現を選び、何を捨て、どこを修正したかです。
今回の裁判は、AIに著作権を与えるか否かという単純な二択ではありません。むしろ問われているのは、「人の創作はどこに残っているのか」「その創作を後からどう証明するのか」という問題です。ここから先は、この二つの問いをトリプルシンキングでほどいていきます。
元記事:朝日新聞「AIで描いた架空のモデル画像を無断で使われた 著作権侵害で裁判に」
STEP1 ロジカル:AI画像の著作権問題を「4つの層」に分けます
一つの「AI著作権問題」として扱うと、著作物性の話と侵害の話、さらに証拠の話までが混ざります。まずは、裁判で確認されるポイントを順番に並べるところから始めます。

ロジカルシンキング:著作物性・創作的寄与・侵害要件・証拠を分けて整理します。
1|その画像は、そもそも「著作物」なのか
最初に確認するのは著作物性です。日本の著作権法が保護するのは、「思想又は感情を創作的に表現したもの」です。AIそのものには人間の思想や感情がありません。そのため、簡単な指示を入れただけでAIがほぼ自律的に出力した画像は、人の著作物として保護されにくい方向に傾きます。反対に、人が具体的な完成イメージを持ち、AIの出力を見ながら修正を重ね、表現を作り込んでいるなら、話は変わります。
2|人は、制作工程のどこで創作していたのか
次に見るのが創作的寄与です。ここで大切なのは、「プロンプトを書いた」という事実だけではありません。どのような表現を目指したのか、生成結果の何が違うと判断したのか、複数候補から何を理由に選んだのか、構図・色・表情・髪型・背景をどう調整したのか。生成後にPhotoshop等でどこまで手を入れたのか。こうした判断の連鎖が、具体的な表現に反映されているかを見ます。
3|「酷似」は、著作権侵害を意味するのか
ここで初めて、相手方との類似が問題になります。ただし、「似ている」という印象だけでは足りません。一般的なポーズ、白背景、ロングヘア、正面構図などは、アイデアやありふれた表現に近く、そこだけが共通しても保護の幅は限定されます。一方で、顔の造作、毛流れ、光の入り方、小物、背景、構図などの組み合わせに創作的特徴があり、その具体的な特徴が共通していれば、類似性の議論は強くなります。
4|相手は、元画像を見て作ったのか
もう一つ欠かせないのが依拠性です。著作権侵害では、相手が元作品に接し、それを基に作ったといえる事情が必要です。偶然似たものが独立に生まれたケースと、販売サイトの画像を見た後で似た表現を作ったケースは、法的な意味が違います。公開日時、販売開始日時、購入履歴、アクセス可能性などは、見た目の比較とは別の証拠になります。
5|最後にものを言うのは「完成画像」より「制作記録」
AI制作では、完成画像だけを見ても、人がどこで創作したかはほとんどわかりません。プロンプト履歴、候補画像、選択理由、編集レイヤー、生成日時、使用モデル、シード値、公開日時――こうした記録が残って初めて、「ここはAIの自動出力で、ここから先は人の判断です」と説明できます。AI時代の知財では、制作ログそのものが権利の説明資料になります。
ここまでを一言で整理すると
「AI画像に著作権があるか」と「相手が侵害したか」は、同じ問いではありません。
著作物性 → 人の創作的寄与 → 類似性・依拠性 → 証拠、という順番で確認すると、ニュースの論点が混線しません。
実務では、完成物だけでなく制作工程を管理することが、従来以上に重要になります。
STEP2 クリティカル:「AIだから」「似ているから」という前提を疑います
AIと著作権の議論では、技術への好き嫌いが先に立ちやすくなります。「AIを使ったものに権利を与えるべきではない」「人が操作したのだから全部著作物だ」。どちらも気持ちはわかりますが、法的な判断としては粗すぎます。

クリティカルシンキング:わかりやすい前提ほど、一度分解して確かめます。
前提1|「AI画像には著作権がない」
正確には、「AIが自律的に生成した部分については、人の著作物性が認められにくい」という話です。文化庁も、人がAIを道具として使い、思想や感情を創作的に表現したと評価できる場合には、生成物が著作物となり得ると整理しています。AIの使用そのものは、著作権を消すスイッチではありません。
前提2|「プロンプトを書けば、著作権が生まれる」
これも逆方向の短絡です。単に「20代女性、ロングヘア、白背景」と入力しただけなら、完成した具体的表現のどこまでを人が支配したのかは弱いかもしれません。反対に、結果を見ながら細部を何度も修正し、構図や光、表情、色調を意図的に作り込み、さらに手作業で編集したのであれば、人の創作的関与を説明しやすくなります。
前提3|「修正回数が多いほど、著作権が強い」
回数は一つの事情にはなりますが、それ自体が基準ではありません。2万回調整したとしても、すべてが「もっと高精細に」といった技術的指示なら、創作的寄与の説明としては弱い可能性があります。逆に、回数が少なくても、具体的な表現選択を人が決定していれば評価は変わり得ます。見るべきは量ではなく、判断の質です。
前提4|「酷似していれば、侵害である」
SNSでは二枚の画像を並べれば結論が出たように見えます。しかし、著作権法が保護するのはアイデアや作風ではなく、具体的な創作的表現です。「韓国風の女性」「透明感のある美容広告」といった方向性が近いだけでは、侵害の議論は強くありません。何が似ているのかを言葉にできなければ、法的な分析にも届きません。
前提5|「AI学習が許されるなら、出力も自由に使える」
学習・情報解析段階の利用と、生成された完成物の利用は、別の論点です。著作権法30条の4が問題になる場面と、特定の完成画像を無断掲載・販売した場面を同じ箱に入れると、議論を誤ります。AIの学習をめぐるルールと、生成後の著作物性・侵害判断は切り分ける必要があります。
では、今回の裁判で原告側に著作権が認められるのでしょうか。現時点では、わかりません。裁判所が制作工程のどこをどの程度「創作的寄与」と評価するか、共通部分のうち何が創作的表現なのか、相手方が原告画像に依拠したといえる証拠があるかによって結論は変わります。ニュースを読むときも、勝敗を予想するより「どの要件が、どの証拠で争われているか」を追う方が、本質に近づけます。
会議で使えるクリティカル質問
「似ている」と感じたのは、具体的にどの表現でしょうか。
その表現は、ありふれた要素ではなく、創作的な特徴といえるでしょうか。
相手が元画像を見たと推測できるアクセス経路や時系列はありますか。
人が創作した部分と、AIが自動生成した部分を説明できる記録は残っていますか。
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- 読者への示唆:このニュースを「自分の仕事」に置き換えると
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