【Bizトレコラム】#2:シゴデキな資料の作り方
シゴデキは、いきなりPowerPointを開かない
仕事ができる人、いわゆる「シゴデキ」は、資料作成のスピードが速い。
会議資料を短時間でまとめる。複雑な情報を一枚に整理する。Excelの数字を、分かりやすいグラフに変える。急な依頼にも対応し、締切までに形にする。
このような姿を見て、「PowerPointの操作が速いからだ」「資料のデザインが上手だからだ」と考える人は多い。
しかし、シゴデキと呼ばれる人の本当の強みは、資料を作る速さではない。
何を作るべきかを見極める速さである。
資料作成を依頼されたとき、シゴデキはいきなりPowerPointを開かない。前回の資料をコピーすることも、思いついた内容を箇条書きにすることもしない。
最初に、次のことを確認する。
この資料は、誰が読むのか
相手は、何を知りたいのか
この資料を使って、何を決めるのか
読んだ後に、誰が何をするのか
そのために、どの情報が必要なのか
ここが定まるまで、資料の作成には入らない。
一見すると、すぐに作業を始める人よりも動きが遅く見えるかもしれない。しかし、目的が曖昧なまま作り始めれば、後からページを追加し、構成を入れ替え、数字を調べ直すことになる。
最初の十分を惜しんだ結果、数時間の手戻りが発生する。
シゴデキは、それを知っている。
資料作成で最も避けるべきなのは、作るのが遅いことではない。違う資料を速く作ることである。
資料の目的は「説明すること」ではない
資料作成を依頼されると、多くの人は「何を書くか」を考える。
背景を説明する。データを載せる。問題点をまとめる。施策案を書く。スケジュールを示す。
必要そうな情報を順に並べていけば、資料らしいものはできあがる。
しかし、情報を並べただけでは、仕事は前に進まない。
たとえば、ある部門の会議で、次の内容を含む資料が提示されたとする。
今期の売上実績
商品別の販売推移
顧客アンケートの結果
競合他社の動向
来期の施策候補
数字は豊富で、グラフも整っている。文字や色にも統一感があり、見た目の完成度は高い。
説明が終わったところで、部長が尋ねる。
「結局、今日は何を決めればよいのか」
この一言が出た時点で、その資料は目的を果たしていない。
情報が不足していたわけではない。むしろ、情報は多すぎるほど載っていた。
足りなかったのは、資料によって進めるべき仕事の設計である。
来期の重点商品を決めるのか
販売施策の予算を承認するのか
売上低迷の原因について認識を合わせるのか
追加調査の実施を決めるのか
何を決める資料なのかが明確でなければ、読み手は行動できない。
シゴデキは、資料の目的を「説明すること」ではなく、相手の状態を変えることと考える。
資料を見る前には知らなかったことを理解する。
複数の選択肢から一つを選ぶ。
立場の異なる関係者が、共通の認識を持つ。
担当者が、次の作業を始める。
資料を見る前と後で、相手にこのような変化が起きて初めて、その資料は仕事をしたことになる。
シゴデキの資料は、仕事を四つの方向へ動かす
資料が生み出す成果は、大きく四つに分けられる。
1 理解を生み出す
相手が、状況、事実、仕組み、背景を正しく把握することである。
なぜ売上が下がっているのか
新しい制度によって何が変わるのか
現在の業務はどのような流れになっているのか
プロジェクトで何が起きているのか
理解が目的であれば、全体像、用語、背景、因果関係を整理する必要がある。
2 判断を生み出す
相手が、承認、否認、選択、優先順位などを決めることである。
どの案を採用するか
予算を承認するか
どの課題から対応するか
計画を継続するか、見直すか
判断が目的であれば、選択肢、判断基準、比較結果、推奨案を示す必要がある。
3 合意を生み出す
立場や考えの異なる人が、共通の方針や前提を持つことである。
問題の認識をそろえる
プロジェクトの目的を確認する
部門間の役割を決める
実施範囲について合意する
合意が目的であれば、意見の違い、争点、共通点、合意すべき事項を明確にする必要がある。
4 行動を生み出す
相手が、必要な作業を実際に始めることである。
担当者が調査を開始する
現場が新しい手順を実行する
関係部門が準備に着手する
顧客へ案内を送付する
行動が目的であれば、担当者、期限、手順、完了条件、次の一歩まで示さなければならない。
同じテーマを扱う資料でも、求める成果によって内容は変わる。
たとえば「新システム導入」を扱う場合でも、目的が理解であれば、システムの機能や変更点を説明する。判断が目的であれば、費用、効果、リスク、選択肢を比較する。合意が目的であれば、部門ごとの役割や争点を整理する。行動が目的であれば、移行日程、担当、作業手順を示す。
シゴデキは、資料を作る前にこの違いを明確にする。
だから、載せる情報が絞られる。構成が早く決まる。説明が短くなる。会議で余計な議論が減る。
資料がうまいから仕事が進むのではない。
仕事が進むように資料を設計しているから、資料もうまく見えるのである。
シゴデキは「きれいな資料」より「使える資料」を作る
資料作成では、見栄えが注目されやすい。
色が統一されている。図形がきれいに並んでいる。グラフが洗練されている。余白が整っている。
これらは重要である。見づらい資料は、相手の理解を妨げるからである。
しかし、見栄えのよさは、資料の目的ではない。
どれほど美しい資料でも、次のような状態であれば仕事には使えない。
何を言いたいのか分からない
数字の出所が分からない
結論と根拠がつながっていない
選択肢の比較基準が不明である
誰が何をするのか書かれていない
最新版がどれか分からない
反対に、装飾が少ない資料でも、問い、結論、根拠、次の行動が明確であれば、意思決定に使うことができる。
シゴデキが優先するのは、「魅せること」ではなく「使われること」である。
資料の価値は、ページ数や作成時間では測れない。
次のような結果によって測られる。
会議で判断が完了した
説明時間が短くなった
認識のずれが減った
質問や差し戻しが減った
会議後すぐに担当者が動き始めた
同じ資料を別の場面でも再利用できた
資料作成に三時間かけたとしても、その資料によって十人の会議時間を一時間短縮できれば、組織全体では時間を生み出している。
反対に、一時間で資料を作っても、説明に二時間かかり、追加会議が必要になり、作り直しが発生すれば、効率的とはいえない。
シゴデキは、自分の作業時間だけを見ない。
資料を作る時間、相手が読む時間、会議で説明する時間、修正する時間、判断が遅れる時間まで含めて考える。
つまり、資料単体を最適化するのではなく、資料を使う仕事全体を最適化するのである。
シゴデキは、完成版から作り始めない
資料作成が苦手な人ほど、最初から完成版を作ろうとする。
タイトルを入力し、デザインを決め、文章を書き、図形を配置する。一ページずつ完成させながら、次のページへ進む。
この方法では、後から構成の問題に気づいたとき、大きな手戻りが発生する。
五ページ目を作っている途中で、「そもそも結論が違う」と気づく。十ページ作った後に、「この説明は不要だった」と言われる。グラフや図形まで整えた後に、ページの順番を変える。
シゴデキは、完成版から作らない。
本書では、資料を次の三段階で作る。
第1段階 スケルトン
資料の問い、結論、根拠、ページ構成を、見出しと短い説明で整理した状態である。
この段階では、デザインを作り込まない。
確認するのは、次の点である。
何に答える資料なのか
結論は何か
その根拠は何か
順序に無理がないか
必要な情報が足りているか
第2段階 ドラフト
スケルトンに沿って、文章、表、図、グラフを一通り配置した状態である。
この段階では、主に内容を確認する。
情報は正しいか
結論と根拠がつながっているか
読み手が理解できるか
判断に必要な情報がそろっているか
不要な情報が入り込んでいないか
ドラフトは、完成品ではない。レビューを受け、問題を見つけるための資料である。
第3段階 公開版
レビューを反映し、内容、表現、出所、閲覧環境、共有方法まで確認した状態である。
公開版では、次の点を確認する。
誤字や数値の誤りがないか
グラフと元データが一致しているか
出所と基準日が記載されているか
相手の環境で正しく表示されるか
適切な共有権限が設定されているか
読み手が次の行動を理解できるか
三段階を分けることで、各工程で見るべき点が明確になる。
工程シゴデキが確認することスケルトン仕事が前に進む構造になっているかドラフト相手が正しく理解・判断できるか公開版相手が安全に利用し、行動できるか
シゴデキは、デザインの修正より先に、仕事の方向を確認する。
早く作るために、先に作り込まないのである。
AI時代ほど、シゴデキの差が見えやすくなる
生成AIを使えば、資料の構成案、文章、要約、表、グラフの候補を短時間で作ることができる。
「市場動向を説明する資料の構成を作ってほしい」と指示すれば、数秒で目次案が出てくる。長い報告書を与えれば、要点を箇条書きにできる。Excelの数式や、データの分析方法を提案させることもできる。
資料の形を作る作業は、以前より速くなった。
だからこそ、シゴデキとそうでない人の差は小さくなるように思える。
しかし、実際には逆である。
AI時代ほど、その差は見えやすくなる。
AIは、与えられた問いに対する案を作ることはできる。しかし、問いそのものが適切かどうかは保証しない。
目的が曖昧なままAIに依頼すれば、もっともらしいが使えない資料が、以前より速くできあがる。
読み手が定まっていない
判断事項が定まっていない
必要な情報と不要な情報が分かれていない
前提が誤っている
出所が確認されていない
この状態では、生成速度が上がるほど、不要な文章とページが増える。
AIは、資料作成を自動化する魔法の道具ではない。
仕事を前へ進めるための案を、速く作る道具である。
シゴデキは、AIにいきなり「資料を作って」と依頼しない。
次の条件を整理してから依頼する。
誰に向けた資料か
何を判断してもらうのか
中心となる結論は何か
どの情報を根拠として使うのか
どの形式で出力するのか
推測を許すのか、事実だけに限定するのか
そして、AIが作った内容を必ず確認する。
数値は正しいか
日付や制度は最新か
結論と根拠がつながっているか
重要な条件が抜けていないか
事実と推測が混ざっていないか
読み手の判断に本当に役立つか
AIに任せるのは、案を出すこと、整理すること、加工することである。
人が担うのは、目的を決めること、選ぶこと、確かめること、責任を持つことである。
シゴデキは、AIによって考えることを省略しない。
AIを使って作業を減らし、判断に時間を使う。
これが、AI時代の資料作成術である。
シゴデキは、一人で抱え込まない
資料は、作成者一人の力だけで完成するとは限らない。
売上の数字は営業部門が持っている。原価の情報は経理部門が持っている。システムの仕様はIT部門が知っている。契約上の問題は法務部門が確認する。
一人ですべてを把握し、すべてを正しく判断することは難しい。
シゴデキは、自分だけで完成させようとしない。
誰に、どの観点を確認してもらうべきかを考える。
結論と全体構成は、意思決定者に確認する
数値は、データの管理者に確認する
専門的な内容は、担当部門に確認する
表現と読みやすさは、内容を知らない人に確認する
公開範囲や機密性は、管理責任者に確認する
レビューの目的を分けることで、確認の質が高まる。
反対に、「一通り見てください」とだけ依頼すると、レビューする人によって見る場所が変わる。
ある人は誤字を修正し、ある人は色を変え、ある人は言い回しを直す。その一方で、結論や数値の問題が見過ごされることがある。
シゴデキは、レビューを丸投げしない。
「結論と根拠に飛躍がないか確認してください」
「三ページ目の売上数値が元データと一致しているか確認してください」
「この内容で、現場が実行できるか確認してください」
このように、見てほしい観点を具体的に伝える。
共同編集のツールを使う場合も同じである。
コメントを残すことが目的ではない。誰が、何を、いつまでに判断・修正するのかを明確にし、資料を完成へ近づけることが目的である。
シゴデキは、資料を作る技術だけでなく、資料を共同で仕上げる技術を持っている。
シゴデキは、共有した後まで考える
資料が完成したら、PDFにしてメールへ添付する。
これで資料作成は終了したと考える人は多い。
しかし、相手がその資料を使えなければ、仕事は終わっていない。
相手はファイルを開けるか
スマートフォンでも読めるか
どれが最新版か分かるか
編集してよい資料なのか
他の人へ転送してよいのか
機密情報は含まれていないか
更新された場合、どこを見ればよいか
共有方法を誤れば、優れた資料でも問題を起こす。
たとえば、会議のたびに修正版をメール添付すると、参加者の手元に複数のファイルが残る。
「最終版」「最終版2」「最終版_修正」「最終版_本当の最終」といったファイルが増え、どれを見ればよいのか分からなくなる。
また、編集してほしくない資料を編集可能な状態で共有すれば、意図しない変更が加わる可能性がある。反対に、共同で更新すべき資料をPDFで配布すれば、最新情報が反映されにくくなる。
シゴデキは、資料の用途に合わせて共有方法を選ぶ。
更新を続けるなら、共有リンクを使う
正式版を固定するなら、PDFを使う
閲覧だけでよいなら、編集権限を付けない
外部共有するなら、対象者と期限を限定する
機密情報があるなら、保存場所と権限を確認する
資料作成は、保存ボタンを押した時点では終わらない。
正しい相手へ、正しい形式で、正しい権限を付けて届ける。相手が資料を読み、判断し、行動できる状態を作る。
そこまでが、シゴデキの資料作成である。
シゴデキの資料作成力は、四つの力でできている
シゴデキは、特別なセンスだけで資料を作っているわけではない。
資料作成に必要な力を分解すると、次の四つに整理できる。
設計力
誰に、何を判断・実行してもらうのかを定める力である。
読み手を定める
目的を定める
判断事項を定める
利用場面を想定する
作り込みの水準を決める
構造化力
結論、根拠、情報の順序を組み立てる力である。
問いを明確にする
結論を一文にする
根拠を整理する
ストーリーを作る
本編と付録を分ける
表現力
文章、表、図、グラフを使い、相手が理解できる形にする力である。
短く正確に書く
比較しやすい表を作る
適切な図解を選ぶ
データに合ったグラフを使う
文字、色、余白を整える
検証・協働力
内容を確かめ、関係者と協力し、安全に利用できる状態へ仕上げる力である。
数値と出所を確認する
AIの生成内容を検証する
レビューの役割を分ける
版を管理する
共有権限を設定する
資料作成が苦手だと感じていても、四つの力がすべて不足しているとは限らない。
内容を考えることは得意だが、情報を削れない人がいる。
見た目は整えられるが、結論が曖昧になる人がいる。
Excelで正確な表は作れるが、相手に何を判断してほしいのかを示せない人がいる。
高品質な資料を作れるが、必要以上に時間をかけてしまう人もいる。
大切なのは、自分の弱点を「資料作成が苦手」という一言で片づけないことである。
どの力を持ち、どこでつまずいているのかを把握すれば、伸ばすべき能力が見えてくる。
本書で扱うのは、単に見栄えのよい資料を作る技術ではない。
相手の判断を早める
会議の時間を短くする
手戻りを減らす
チームの認識をそろえる
次の行動を生み出す
そのための資料作成術である。
シゴデキは、資料を作ることをゴールにしない。
資料を使って、仕事を前に進める。
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