#26:ドイツ企業は、なぜ高い病欠率をこれ以上受け入れられないのか?

ドイツで、病欠の扱いをめぐる議論が再び強まっています。報道によれば、フリードリヒ・メルツ首相は、電話による病欠証明を廃止し、病気で休む初日から医師の証明を求める方針を示しました。背景にあるのは、企業の欠勤率が極端に高く、競争力上の不利をこれ以上受け入れられないという問題意識です。
このニュースは、単に「ドイツ人は休みすぎだ」「企業が労働者に厳しくなった」という話として読むと、かなり浅くなります。病欠は労働者の健康を守るための制度であり、病気の人に無理に働かせないための社会的な安全装置です。一方で、病欠が増えれば、企業側には賃金継続、代替要員、納期遅延、チーム負荷、医療証明の事務負担が積み上がります。
ドイツ連邦統計局は、2023年にドイツの被用者が平均15.1労働日を病欠として報告したと示しています。また、ドイツでは病気で働けない従業員に対し、原則として最初の6週間は雇用主が賃金を継続して支払う仕組みがあります。つまり、欠勤は単なる個人の休みではなく、企業の費用、医療機関の処理能力、社会保険、職場の信頼にまたがる制度問題です。
現行のドイツ法では、労働不能が3暦日を超える場合に医師の証明が必要とされますが、雇用主はより早い提出を求めることもできます。今回の議論は、その「より早い提出」を一律に近い形で初日に寄せ、電話診断書という低負荷な導線を絞る方向に進む可能性があります。ここで問われるのは、証明を厳格化すれば本当に欠勤率が下がるのか、それとも医療現場と労使関係に別の負荷が移るだけなのか、という点です。
今回は、まずロジカルに高欠勤問題を構成要素へ分解します。次にクリティカルに、「病欠が多いのは怠けなのか」「初日診断書で解決するのか」という前提を疑います。最後にラテラルに、欠勤を減らす発想から、健康を守りながら稼働率を高める仕組みへずらします。
STEP1 ロジカル

まず、高欠勤問題を構成要素に分解する
高い欠勤率の問題は、一つの原因では説明できません。病気になる人がいる、医師の診断書が必要になる、会社が代替要員を探す、同僚が残業で穴埋めする、管理職が出社圧力と健康配慮の間で迷う、という複数の要素が連鎖します。ここを分けずに「休む人が悪い」と言ってしまうと、制度設計の論点が消えます。
要素1:病欠制度は、まず健康を守るための保護である
病欠制度の出発点は、労働者を甘やかすことではありません。病気の人が無理に出社すれば、本人の回復は遅れ、職場で感染を広げる可能性もあります。特に呼吸器感染症では、短期的な出社率を上げることが、結果としてチーム全体の欠勤を増やすこともあります。
したがって、病欠制度は企業の敵ではなく、企業活動を長期的に支える安全弁です。問題は、保護制度が濫用される場合でも、逆に制度を厳しくしすぎて本当に休むべき人が休めなくなる場合でも、組織全体の生産性が落ちることです。
要素2:企業には、賃金継続と業務代替の負担が発生する
企業側の問題意識も理解できます。ドイツでは病気による労働不能の初期期間について、雇用主が賃金を継続して支払う仕組みがあります。つまり、従業員が休んでも、人件費はすぐに消えません。さらに、休んだ人の仕事を誰かが代替する必要があります。
この負担は、単純な賃金コストだけではありません。欠勤者の穴埋めで同僚の残業が増えれば、別の体調不良を誘発します。顧客対応が遅れれば、売上や評判にも響きます。製造業や物流、医療、教育、介護のように人員配置がサービス品質に直結する領域では、欠勤は即座に現場オペレーションの問題になります。
要素3:診断書ルールは、証明の強度と取得負荷のトレードオフである
診断書を初日から必要にする発想は、企業から見ればわかりやすい抑止策です。休むハードルを上げれば、軽い理由での欠勤は減るかもしれません。証明の厳格化は、制度の信頼を守る手段にも見えます。
しかし、証明の強度を上げるほど、取得負荷も上がります。従業員は初日から医師の予約を取り、診察を受け、証明データが適切に処理される必要があります。医師側は軽症者の受診をさらに受け入れることになります。企業側も証明確認や例外対応の事務が増えます。つまり、診断書は「不正を防ぐ紙」ではなく、医療・労務・職場運用を巻き込むプロセスです。
要素4:電話診断書は、悪用リスクと医療アクセス改善の両面を持つ
電話による病欠証明は、悪用される可能性があります。医師が直接診察しないため、症状の確認が甘くなるという懸念は当然あります。企業から見れば、電話一本で休める制度は、病欠率を押し上げているように見えるでしょう。
一方で、電話診断書には明確な機能もあります。軽い風邪、発熱、感染症の疑いがある人を診療所へ集中させないことは、医療現場と公衆衛生にとって重要です。病院や診療所の待合室で感染を広げるより、電話やオンラインで一次判断する方が合理的な場合もあります。ここを悪用対策だけで切ると、医療アクセスの効率化という別の価値を失います。
要素5:欠勤率は、職場環境の指標でもある
欠勤率が高いとき、個人のモラルだけを見るのは危険です。欠勤は、感染症の流行、年齢構成、業務負荷、メンタルヘルス、上司との関係、現場の人員不足、在宅勤務の可否などに影響されます。
特に、欠勤が特定部署や特定職種に集中している場合は、制度の悪用よりも職場設計の問題である可能性があります。慢性的な残業、顧客対応ストレス、低い裁量、休みにくい文化、管理職の支援不足が、長期的な体調不良につながっていることもあります。欠勤率は、従業員が弱いというより、組織の設計が弱いことを示す信号でもあります。
要素6:最終的な争点は、労使信頼の再設計である
高欠勤問題をロジカルに分解すると、争点は「休む人を疑うか、信じるか」だけではありません。企業は稼働率を守りたい。従業員は健康と生活を守りたい。医療機関は必要な診療に集中したい。政府は競争力と社会保護を両立させたい。これらの目的が同時に存在しています。
病欠制度を厳しくしすぎると、従業員は「最初から疑われている」と受け止めます。逆に、企業が何も管理できなければ、制度の信頼性が下がります。したがって本質は、疑いを強めることではなく、疑わなくても管理できる仕組みを作ることです。
STEP2 クリティカル

本当に「診断書初日化」で解決するのか
次に、直感的に受け入れやすい前提を疑います。高い欠勤率に企業が耐えられないという主張は、企業経営の観点では自然です。しかし、その解決策が「初日から医師の証明を出させること」でよいかは、別問題です。
疑うべき前提1:高欠勤は、主に怠けや悪用で起きているのか
病欠率が高いと、「ずる休みが増えた」と見たくなります。しかし、病欠の増加には複数の背景があります。感染症の流行、慢性疾患、メンタル不調、職場ストレス、高齢化、働き方の変化などです。制度悪用がゼロとは言えませんが、悪用だけを主因と決めつけると、原因分析を誤ります。
重要なのは、欠勤を「正当な病気」「職場起因の不調」「制度の悪用」「証明ルールの隙間」に分けることです。これを分けずに一律で締めると、本当に守るべき人まで巻き込まれます。
疑うべき前提2:初日診断書は、企業にとって低コストな対策なのか
初日診断書は、企業から見ると簡単なルールに見えます。しかし、社会全体で見ればコストは消えるのではなく移ります。従業員は受診予約や移動に時間を使い、医療機関は軽症者の確認業務を抱え、企業は証明データの確認と例外処理を行います。
また、診断書の取得そのものが目的化すると、病気の人が診療所へ行くことを強いられます。感染症の可能性がある場合には、職場に来なくても、医療機関や公共交通に感染を持ち込むリスクがあります。対策が企業内の欠勤率だけを見ていると、社会全体の負荷を見落とします。
疑うべき前提3:電話診断書をなくせば、制度の信頼は回復するのか
電話診断書は、確かに証明の厳密性を下げる面があります。しかし、電話診断書の廃止だけで制度の信頼が回復するとは限りません。信頼を損ねているのは、証明方法だけではなく、欠勤理由の見え方、職場の納得感、管理職の対応、頻発する欠勤へのフィードバック不足だからです。
電話診断書をなくしても、職場の負荷が変わらず、メンタル不調や感染症が残れば欠勤は続きます。逆に、信頼できるデジタル問診、既往患者への限定、症状別ルール、事後監査を組み合わせれば、電話やオンラインの導線を残しながら制度の品質を上げることも可能です。
疑うべき前提4:厳格化すれば、生産性は上がるのか
欠勤が減れば生産性が上がる、という因果は一見明快です。しかし、実際には「欠勤率が下がること」と「健康な状態で働けること」は同じではありません。無理に出社する人が増えれば、集中力の低下、ミス、事故、感染拡大、長期化が起きる可能性があります。
これはプレゼンティーズムの問題です。人は出社していても、体調不良で十分に働けないことがあります。欠勤率だけをKPIにすると、見かけの出社率は改善しても、実質的な生産性は下がることがあります。
疑うべき前提5:ドイツの競争力低下は、病欠だけで説明できるのか
ドイツ経済の競争力課題は、病欠だけで説明できません。エネルギーコスト、産業構造転換、規制・官僚制、熟練人材不足、人口動態、デジタル化の遅れ、外需の変化など、複数の要素が重なっています。
もちろん、高欠勤は企業の生産性を削ります。しかし、病欠を競争力低下の象徴として扱いすぎると、より大きな構造問題が見えなくなります。クリティカルに見るべきは、「誰が休んだか」ではなく、「なぜ休まざるを得ない職場が増えているのか」「なぜ休んでも業務が止まらない設計になっていないのか」です。
疑うべき前提6:労働者保護と企業競争力は対立するのか
労働者保護と企業競争力は、短期的には対立して見えます。休む人を守れば企業負担が増える。企業負担を減らせば労働者保護が弱くなる。こうした二項対立で議論されがちです。
しかし、長期的には両者は分けられません。健康な従業員が安定して働けることは、企業競争力の前提です。逆に、企業が持続的に稼げなければ、手厚い保護制度も維持できません。本質は、保護を削るか守るかではなく、保護を組み込んだ稼働設計をどう作るかです。
クリティカルに見ると、今回の論点は「病欠を厳しく取り締まるかどうか」ではありません。健康保護、証明プロセス、医療アクセス、企業負担、労使信頼を、どの順番で、どの粒度で、どこまで制度化するかの問題です。