#13:タブレット授業は、子どもの「ノートを取る力」を弱めるのか?

本質は「紙かデジタルか」ではなく、情報を選び、構造化し、自分の言葉にする過程を誰が担うか
吉澤 準特 2026.06.19
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「最近ノートを取ることがほとんどなくなって全部タブレット。教科書も使わなくて先生が配信するまとめに沿って授業が進む。このままではノートを取る力が低下するのではないかと恐ろしく思ってる」

小学5年生の女児が母親へ語ったこの一言が、SNSで大きな反響を呼びました。記事によると、学校でタブレットを使う機会が増え、ノートへ書き写す場面が減ったことから、女児は将来の力への影響を心配したとされています。

ただし、問題は「紙かデジタルか」という二者択一ではありません。ノートを取る行為には、情報へ触れ、重要点を選び、関係を構造化し、自分の言葉や図へ変え、後から思い出して修正する工程があります。先生のまとめは学習を支える一方、完成品を先に渡せば、児童が担う思考工程を減らす可能性があります。

今回は、ロジカルにノート力を5工程へ分解し、クリティカルに手書き研究とタブレット授業の前提を検証し、ラテラルに紙と端末を組み合わせた授業設計を考えます。

***

STEP1 ロジカル

まず、「ノートを取る力」を構成する工程へ分解します

ノートを取る力を「板書や先生の話を速く書き写す力」と定義すると、タブレット配信によって不要になったように見えます。しかし、ノートの目的は記録だけではありません。学習内容を理解し、後で使える形へ変換するための思考行為です。

工程1:情報へ触れる - 元の教材へアクセスする力です

学習の入口は、教科書、先生の説明、資料、実験結果、友達の意見などの一次情報です。教科書は、単元全体の範囲、用語、図表、具体例を体系的に配置しています。先生のまとめは、その中から授業で扱う要点を選び直した二次情報です。

まとめだけで授業が進むと、児童は理解しやすくなる一方、「どの情報から要点が選ばれたか」を追いにくくなります。文章のどこに根拠があるか、図表と説明がどう対応するか、自分が分からない部分はどこかを確認するためには、元の教材へ戻れることが重要です。

文部科学省のデジタル教科書ガイドラインは、紙とデジタルを授業全体の流れの中で適切に組み合わせることを期待しています。

工程2:選ぶ - 重要点と補足を見分ける力です

ノートを作るとき、学習者はすべてを書き写すことができません。限られた時間の中で、定義、理由、具体例、例外、疑問を選びます。この「圧縮」が理解を深めます。

  • 何が単元の中心概念かを判断します。

  • 結論と、その根拠を分けます。

  • 既に知っていることと、新しく学んだことを分けます。

  • 後で質問したい点に印を付けます。

先生のまとめは、この選択を効率よく代行します。授業時間を節約できる反面、児童が重要度を判断する練習は減ります。したがって、配信資料の有無ではなく、児童が何を選ぶ課題を持っているかを見る必要があります。

工程3:構造化する - バラバラの情報をつなぐ力です

理解とは、情報の数を増やすことではなく、関係を作ることです。

  • 原因と結果を矢印で結びます。

  • 共通点と相違点を表にします。

  • 大分類と小分類を階層化します。

  • 時間の流れや手順を並べます。

コピーした文章や完成済みの箇条書きは、情報を保存しますが、本人が関係を作った証拠にはなりません。逆に、タブレット上でも、図形を動かし、色分けし、因果関係を説明すれば、構造化の活動になります。

工程4:表現する - 自分の言葉や図へ変換する力です

手書きは速度が限られるため、内容を短く言い換えたり、記号や図を使ったりしやすいという特徴があります。キーボードは大量の文字を速く入力し、編集や検索をしやすい反面、聞いた内容をそのまま転記しやすくなります。

ただし、入力手段と表現の深さは同じではありません。「100字で要約する」「一つの図で関係を示す」「反対意見を一文追加する」といった課題を与えれば、タブレットでも深い表現が可能です。

工程5:再生する - ノートを見ずに思い出す力です

ノートは作った瞬間ではなく、使うときに価値を持ちます。見返すだけでは、内容を知っているという感覚が生まれても、自力で説明できるとは限りません。

  • ノートを閉じて、3行で説明します。

  • 白紙に図を再現します。

  • 友達へ教え、質問に答えます。

  • 不足していた点だけを追記します。

学習科学では、情報を取り出す練習が記憶の定着に重要だとされます。先生のまとめを読むだけでなく、自分が何を再生できるかを確かめる必要があります。

因果関係で見ると、学習者の担当工程が減る流れが見えます

教科書や説明から、先生が要点を選びます。
   ↓
先生が関係を整理し、完成したまとめを作ります。
   ↓
児童は配信資料を読み、保存し、必要に応じて見返します。
   ↓
選択、構造化、言い換えを実行する機会が減ります。
   ↓
テストや別の場面で、自力で要点を作るときに困る可能性があります。

この連鎖は、すべてのタブレット授業で起きるわけではありません。先生の配信資料を出発点に、児童が問いを立て、比較し、図解し、説明すれば、むしろ学習工程を増やせます。問題は端末ではなく、課題設計です。

手書きとタイピングの研究は、何を示しているのでしょうか?

大学生を対象とした複数のメタ分析では、授業中に手書きでノートを取り、後から復習した学生の方が、タイピングした学生より学習成績が高い傾向が報告されています。手書きは速度が遅いため、内容を選択し、言い換えることを促すという説明がなされています。

一方、研究結果は一枚岩ではありません。2021年の系統的レビューや2024年のメタ分析も、課題、復習条件、学生の技能によって効果が変わることを示しています。さらに、多くの研究対象は大学生であり、小学5年生の通常授業を直接検証したものではありません。

  • 大学生の講義ノート研究を、小学生の全教科へそのまま当てはめないこと。

  • 手書きそのものと、選択・言い換えという学習方略を分けること。

  • 端末でもデジタルペンを使えば、手書きの運動を維持できること。

  • 障害や書字困難のある児童には、タイピングや音声入力が学習参加を支えること。

2025年に公表された小学4年から中学1年相当の児童生徒を含む研究では、紙とペンの条件の方がキーボード条件より綴りの正確さが高い結果が報告されました。ただし、これはノートの要点選択を測った研究ではなく、書字・綴り課題の結果です。

Flanigan et al. (2024), Educational Psychology Review, DOI: 10.1007/s10648-024-09914-w

Voyer et al. (2021), Contemporary Educational Psychology, DOI: 10.1016/j.cedpsych.2021.102025

Broc et al. (2025), Scientific Reports: https://www.nature.com/articles/s41598-025-03369-x

ロジカルに見ると、ノート力は「媒体」ではなく「工程の束」です

以上をまとめると、ノート力は、きれいな字を書く力でも、情報を大量に保存する力でもありません。元の情報へ触れ、重要点を選び、関係を作り、自分の表現へ変え、後から再生する力の組み合わせです。

先生のまとめは、児童の認知負荷を下げる支援にも、思考工程を奪う代行にもなります。どちらになるかは、資料そのものではなく、資料の前後に何をさせるかで決まります。

***

STEP2 クリティカル

本当に、問題は「タブレット」なのでしょうか?

ここからは、紙とデジタルを対立させる前提を疑います。記事は一人の児童と家庭の経験を紹介したものであり、学校名、教科、授業の頻度、成績への影響は明らかではありません。この事例から全国のタブレット授業を評価することはできません。

疑うべき前提1:ノートを取る力と、手書きする力は同じでしょうか?

女児は漢字を書くことへの苦手意識から、書く機会の減少を心配しています。この懸念には合理性があります。書字技能は、実際に文字を書く練習をしなければ上達しにくいからです。

しかし、ノート力には、要点選択、要約、構造化、疑問生成、検索、再生なども含まれます。手書きの量が多くても、板書をそのまま写すだけなら深いノートとは限りません。反対に、タブレット上で自分の言葉へ要約し、図解し、根拠をリンクすれば、ノート力を使っています。

したがって、学校は「書字の練習」と「学習内容を整理するノート活動」を分けて設計する必要があります。

疑うべき前提2:先生の「まとめ」は、常に受け身学習を生むのでしょうか?

完成したまとめには、次の利点があります。

  • 授業の全体像と到達点を示せます。

  • 板書の書き写しに時間を使わず、説明、実験、話し合いへ移れます。

  • 欠席した児童や、書字速度が遅い児童を支援できます。

  • 用語や図の誤記を減らせます。

  • 復習時に、クラス全体の共通基準になります。

問題は、まとめを配ることではありません。児童が考える前に最終版だけを渡し、授業中もその順序をなぞるだけになることです。まとめを「足場」として使うか、「完成品」として使うかを区別する必要があります。

疑うべき前提3:タブレットを使うと、必ず受け身になるのでしょうか?

文部科学省は、ICTを個別最適な学びと協働的な学び、主体的・対話的で深い学びを実現するための道具として位置付けています。端末は、情報収集、共同編集、試行錯誤、表現の修正、学習履歴の分析に強みを持ちます。

  • 複数資料から根拠を集め、比較できます。

  • 友達の図解へコメントし、修正できます。

  • 音声、写真、グラフを組み合わせて説明できます。

  • 自分の誤答と修正の履歴を残せます。

端末を使うかどうかではなく、児童が操作する対象が「先生の資料を開くこと」だけなのか、「情報を作り変えること」まで含むのかが重要です。

文部科学省「学校現場における先端技術活用ガイドブック(第2版)」

疑うべき前提4:一つの家庭の経験を、教育全体へ一般化できるでしょうか?

記事は、教育政策の効果測定ではなく、SNSで話題になった家庭のエピソードです。女児の観察力と問題意識は注目に値しますが、次の情報は分かりません。

  • どの教科で、どの程度の頻度でノートを取らないのか。

  • 児童はタブレット上で書き込みや図解をしているのか。

  • 先生はまとめを配る前に、児童へ予想や要約を求めているのか。

  • 紙の教科書を全く使わないのか、特定の授業場面だけなのか。

  • 学習成果、書字技能、理解度に変化があったのか。

したがって、「GIGAスクールでノート力が下がった」と結論付けることはできません。正しくは、完成済み資料を中心に進む授業では、児童がノートを生成する機会が減る可能性があり、工程を点検する必要がある、という問題提起です。

本質は、「学習内容の圧縮」を誰が担当するかです

教科書や授業には、多くの情報があります。ノートを作るとは、その情報を自分が扱える大きさへ圧縮することです。

先生が圧縮し、要点と順序を完成させて配ると、児童は短時間で正確な情報を得られます。一方、児童が何を残すか、どの関係を重視するかを決める機会は減ります。

本質は、紙を使うかタブレットを使うかではありません。情報を選び、関係を作り、言い換え、思い出すという「学習内容を圧縮・再構成する仕事」を、教師と学習者のどちらが担うかです。

記事のもう一つの重要点:女児はメタ認知を使っています

女児は、授業方法の変化を観察し、自分の苦手な書字と結び付け、将来の能力低下という仮説を立て、言葉にしています。これは、自分の学びを一段上から見るメタ認知です。

仮にノートを取る機会が減っていても、本人が学び方を点検し、問題を言語化できたこと自体は、思考力が働いている証拠です。大人は懸念の正誤だけでなく、この自己観察を学習設計へ活かすべきです。

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